在庫引当の不正操作

不正監査事例

在庫の引当とは

今回の話は、海外の子会社で発生した案件で、やや会計的な内容になります。

私のいた会社はメーカーでしたから、製品在庫を持っています。

在庫は、売れる可能性のある間は会社の資産としてバランスシートに計上されていますが、売れる見込がなくなれば廃棄するしかありません。

バランスシート上の価値をゼロにする訳で、このとき費用が発生します。

具体的な会計処理としては、例えば、有効期間1年間の商品について、年度末の在庫量が今後1年間の販売見込を上回る場合、その上回った部分を、将来の損失として、“引当”という科目で費用計上します。

例えば、在庫が1,000個、今後1年の販売見込が2,000個であれば、引当計上の必要はありません。

販売見込が800個であれば200個は価値をゼロと見做し、その分を費用計上します。

ただ、販売見込が狂うことは珍しくなく(と言うより、見込通りになることの方が少ない)、800個と思っていたものが実際には1,000個売れれば、この引当は翌年“繰り戻す”という処理をします。

少し複雑ですね。

さて、この際の、“今後の販売見込”の数字には、過去の販売実績の数字をそのまま使うこともありますが、対象が新製品で過去実績の数字がない場合や、事業が成長過程にあり過去の実績を大きく上回るのが確実な場合等は、何らかの考え方に沿って見込を算出する必要があります。

会計原則では、見込は“合理的に”たてなければならないのですが、何をもって合理的とするかは、ケースバイケースであり、ここに不正の生じる余地があります。

退職した前任者による過大な売上見込

この子会社をA社とします。

A社は2000年代初頭に買収した会社で、独自の商品群を製造・販売しています。

買収から10年以上が経過していましたが、人事制度や経理処理ルール等は、買収前からのものが一部そのまま使われていました。

在庫の引当計上のルールも独自のものです。

因みに、欧米の企業は、外部の会社を買収すると、すぐに全社ルールの適用を強制することが多いのに対し、日本企業では、被買収会社の事情に配慮したりして、このように個別ルールをそのままにしておくことが少なくないようです。

それが大きな非効率につながるのですが。

ともあれ、ある日、A社の社長から、本社CEOに対し、その年度の利益見込を大きく下方修正したいという連絡が来ます。

この社長曰く、退任した前社長が不当に低く見積もっていた在庫引当を正しく計算しなおした結果とのことでした。

計算の根拠となっていた1年半後の売上見込の数字に問題があると。

そこで、CEOから監査部に対し、実態を調査するよう指示が下りました。

真相は闇の中

話を聞いてまず感じたのは、真相究明は難しいかもしれない、ということです。

と言うのは、前社長が既に退任してしまっているからです。

監査部には強い調査権限が与えられていますが、それはあくまで社内に対してのもので、会社を辞めた人にまでは及びません。

ヒアリングをしたいと連絡しても、相手が嫌だと言ったらそれまでです。

悪いことには、全社長の下で働いていた経理責任者まで、前社長の退任と同時に辞めてしまっているのです。

関連書類を見せてもらった結果、現社長の言う通り、在庫引当が不足していることはすぐにわかりました。

在庫引当を算出するのに使う月別の売上見込、その18カ月目に、実情を大きく上回る数字が使われていたのです。

この子会社の業績は、買収後、一貫して好調であった為、折れ線グラフにしたところ、なだらかな右肩あがりの予測となっていたのですが、その月の見込はそれまでの月平均の10倍を超える異常値でした。

調査時点で在籍していた各部門の社員に話を聞きました。

ですが、営業部にも、物流部門にも、その理由を知る社員はひとりもいませんでした

何故それが起きたのか、誰の指示だったのかもわかりません。

恐らくは、経営成績を良くしたかった前社長と前経理責任者の2名だけによる細工だったのだと思われます。

監査法人の役割と認識

帰国後、調査結果を報告した際のCEOの機嫌は最悪でした。

無理もありません。

真相が不明であるだけでなく、再発防止策についても、満足な報告が出来なかった為です。

何故再発防止が難しいのか?それは、売上見込の妥当性を継続的に評価することは監査部には困難だと考えたからです。

過去の実績ならば定点観測は可能で、このブログの他の記事にも書かせていただいているように、実際に様々な項目をウォッチしていました。

しかし、“見込”は未来に関することであり、これを評価するには、定量情報だけではなく、現場のビジネスについての定性情報が欠かせません。

その為には、現場社員からのヒアリングが必要ですが、それを全ての子会社で定期的に実施する人的なリソースが監査部にはなかったのです。

ただ、このように決算にダイレクトに影響を与える内容こそ、監査法人の守備領域なんじゃないでしょうか。

因みに私の会社の監査は、4大監査法人と呼ばれるグローバルなグループに属する監査法人が行っており、今回の子会社もそのグループの現地法人が会計監査を行っていました。

今回の出張では、現地会計士にもヒアリングを行いました。

前期末のこの過大な売上見込に、何故会計監査で気付かなかったのか。

彼の答えは、「将来の売上見込の妥当性のチェックは、契約した監査スコープに含まれていない」の一言でした。

私は監査法人との契約に関する実務を担当したことがないのでわかりませんが、この回答には大いに疑問を持ちました。

在庫引当が妥当かどうかは、その算定根拠である売上見込を確認しない限りわからないはずですから。

個人的な感想を正直に言わせてもらえれば、「呆れてものも言えない」といったところです。

本社の財務部門がこの監査法人の見解を支持したのにも腹がたったのを覚えています。

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