費用の計上時期の操作

不正監査事例

費用計上時期の操作という不正があります。

多くの場合、本来は今期に計上しなければならない費用を、不正に次の期に繰り下げ計上して、今期の利益を実態より良く見せるということです。

ただ、その逆のパターンもあって、今回はそんなケースです。

込み入った内容なので、少し長くなりますが、最後までお付き合い頂ければと思います。

2人の主役

舞台は本社の宣伝部門で、主な登場人物は40代の女性課長Fさんと、30代男性部下のGさんの2名です。

この2人は、数年にまたがる宣伝キャンペーンを担当し、広告代理店の協力を得ながら、CM制作やその広告出稿の仕事にあたっていました。

プロジェクトの予算規模は、概算ですが、CMの製作費が主体となる初年度は1億円、CM放送が始まり媒体費の発生する2年目は3億円、と、2年目までの合計4億円について、社内承認を得ていました。

問題があったのは1年目の期末時期です。

プロジェクトの進行が遅れ、このままだと予算のうち3千万円ほどを年内に使い切れないという状況になったそうなのです。

こうした場合、担当社員にとって2つの問題が生じます。

ひとつは、当年度の会社業績の着地予想を狂わせてしまうことで、本人たちだけでなく、所属部門全体が責任を問われること。

もうひとつは、翌年は翌年で、今年とは独立した費用計画となっていることから、余った3千万円をそのまま翌年使うということはできないということ、です。

つまり2年間の合計で、本来は4億円使える予定だったのが、3億7千万円しか使えないことになります。

その為、こうした年度を跨ぐプロジェクトでは進度管理が厳しく求められるのですが、F課長、Gさんは、この点で甘かったということでしょう。

とは言え、大きな会社ではこうしたことは起きがちで、そうした場合、通常は、当年の見込が狂ったことに対して始末書を書き、次年度の費用については予定通り使わせてくれるように特別申請を提出します。

しかし、F課長とGさんは上司から叱られることを嫌い、不正な手段をとってしまったのです。

広告代理店にお願いして、期末最終月の請求書の金額を、本来の2千万円から5千万円に水増ししてもらい、差額の3千万円は翌年分の請求から差し引いてもらうこととしたのです。

これは、2年間の通算での支払い金額は同じでも、単年度では、費用の不正計上に当ります。

自首した部下と、共謀を認めない上司

この件が明るみに出たのは、Gさん本人からの内部通報、つまり一種の自首によってです。

Gさんは、追い詰められた状況の中で過ちを犯したことを後悔し、通報に及んだとのことです。

F課長から、はっきりした言葉で指示された訳ではないものの、課長も当然承知の筈、というより、むしろ課長からの暗黙のプレッシャーに従った、とのことでした。

これに対し、F課長は関与を一切認めませんでした。

自分は、Gさんの通報後初めて事実を知った、Gさんが自分に黙って独断で不正を行った、との主張です。

その根拠として、自分は対面でもメールでも、この件について、当該の広告代理店と一切やり取りをしていないというのです。

そして、このことは、広告代理店の担当の方からも確認が取れ、また、Gさんが提出した代理店とのメール記録からも間違いないことがわかりました。

また、Gさんは、この件についてのF課長とのやり取りを全て口頭で行っていたとのことで、F課長の関与を示すいかなる物証も出すことができませんでした。

しかし、3千万円というまとまった金額が期末に余りそうなとき、担当の課長がそれを知らないということは、私の会社では極めて考えにくいのです。

F課長は、この点について、“自分は他にも多くの業務を抱えており、このプロジェクトについては、Gさんに進捗管理と費用管理を委ねていた、費用の状況については週に一回メールでGさんから報告をもらっていたが、数字上、計画通りに進捗しており、特に問題ないと思っていた”、と、あたかもGさんに騙されていたかのような主張です。

ところがGさんに言わせると、メールは他のプロジェクトメンバーも見る為、計画通りの数字を記載していたが、F課長には別途口頭で実態を報告していたとのこと。

ここでも、F課長とGさんの言い分は食い違うのですが、いずれにしてもメールという形として残っているものだけを見ると、F課長の方が、分がいいのです。

私は、直感的にはF課長が虚偽を申し立てている可能性が高いと感じましたが、証拠がないことにはどうにもなりません。

見つかった物的証拠

そこで、Gさんに、改めてこのプロジェクトに関する全ての資料を提供するよう頼みました。

今までもらっていた資料は、この件に直接的な関連があるとGさんが判断したものだけだった為です。

Gさんにとってはかなりの手間だったと思います。

ですが、責任逃れをするF課長への憤りと、自分だけに罪をかぶされたくないとの思いから、依頼した翌日の朝にはメールで全てを送ってきてくれました。

相当な分量がありました。

プロジェクト開始当初からの社内提案、広告代理店からのプレゼン資料、プロジェクトメンバーの打合せ資料、予算報告書、費用処理の会計データ、加えて、F課長が宛先に入っているメール全て、です。

特にメールは、該当するものを抽出して、ひとつずつファイル化するのは相当な手間だったと思います。

読む私のほうも大変な作業でした。

すべてに目を通し終え、更に二巡目にかかってしばらくたったとき、あるものが目に止まりました。

問題の費用処理は期末月のもので、金額を水増しした5千万円の請求がされています。

ただその1カ月ほど前に2千万円の費用処理が一回なされており、かつ、そのデータがシステム上で取り消されていたのです。

会計システムにはたまに取り消しデータがあります。

多くは、単純な入力ミスが理由である為、通常、監査でもあまり注意を払いません。

ですが、この取り消しデータは、件(くだん)の広告代理店との取引だったこともあり、添付ファイルを含め見直してみました。

そして、添付されていた請求明細と、手元にあった5千万円の請求明細を見比べたとき、突破口が開けたと思いました。

2つの請求明細は、明細行の文字部分が全く同じだったのです。

手抜きの請求明細

この時の私の推理は次の通りです。

Gさんは、締めの1カ月前に広告代理店から、一旦、実態に即した請求書をもらいます。

そして費用処理を行うものの、その後、不正を行うことを決意し、この処理を取り消すとともに、広告代理店に対し金額を水増しした請求書の再発行を依頼します。

このとき、代理店は、本当なら明細もゼロから作り直せば良かったのですが、手を抜いたのか、以前の明細行の文字部分をそのままに、各行の金額だけを2.5倍に書き換えたものを提出します。

この推測をGさんに電話で確認したところ、すぐに状況を思い出し、そのとおりだと回答してくれました。

2千万円で発注していた仕事が、事情によって5千万円に値上がりすることは、皆無とは言えません。

ですが、明細行は、撮影スタジオの賃貸料や照明費用、モデルの契約費、その他雑費、等、CM制作費用の具体的な内訳が記載されており、その全てが一律に2.5倍に値上がりしているのです。

これは説明のつかない話です。

一方、2千万円の処理は最終的には取り消されていましたが、F課長はシステム上で一旦この処理を承認しています。

その際に、上司として請求明細については精査した筈です。

もし本当に不正のことを何も知らなかったとすると、1カ月後に突如として明細行の全てが2.5倍になった請求を何故そのまま承認したのか?

2人の処分結果

F課長のヒアリングでは、この2つの請求明細について、納得のいく説明はありませんでした。

不正は知らなかったという主張は最後まで変わらなかった為、会社は、不正の共謀については処分できませんでした。

しかし、“部下の業務管理における重大な懈怠(けたい)”という名目で降格処分が下されました。

Gさんも、自首したことが酌量はされたものの、降格されました。

処分の重さを決めるのは人事部で、彼らは会社の顧問弁護士の助言を得た上で、訴訟リスクも勘案した決定をおこないます。

ですので、仕方ないとは思うものの、自首した人と、最後まで責任逃れをした人、この2人の処分が同じだったことには正直もやもやが残りました。

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