海外の企業との合弁子会社
前回に引き続き、交通費の二重請求の案件を紹介します。
ただ、同じ“交通費二重請求”とは言っても、内容はだいぶ異なります。
ある子会社で起きた話です。
発覚のきっかけは、監査部による全社データ分析です。
この子会社を仮にA社とします。
A社は、私が働いていた会社と、海外の別の企業の合弁会社で、相手先の製品を輸入し日本国内で販売しています。
資本構成は、私の会社が49%、合弁先が51%で、連結対象にはなっていないものの、社長は私の会社から出向し、副社長は合弁先から出ていました。
資本比率から言えば、社長は、相手側から出す方が一般的だと思います。
しかし、日本での営業活動上、日本人が社長の方が好ましいという判断が働いたようです。
なお、就業規則は、私の会社のものをひな型としていますが、合弁先の要望も配慮して、アレンジされた内容になっていました。
突出したタクシー代
このときのデータ分析は、交通費をターゲットに、まず、新幹線代、飛行機代、タクシー代、等に分けて、合計額や単価、年度ごとの推移等を確認しました。
最初に目についたのは、会社全体としてのタクシー金額の多さです。
従業員数は50名程度に過ぎないのに、年間1,000万円を超えるタクシー代が発生していました。
一人当たり20万円を超えている計算で、こんなに多くのタクシー代を使っている事業所は他にありません。
経験上、恐らく特定の数名の社員に集中しているのではないかという予感はありましたが、実際は数名ではなく、ある一人の社員が9割以上を使っていることがわかりました。
この会社の責任者のB社長です。
精算データを見たところ、ほぼ毎日、タクシーで通勤しています。
B社長の自宅は近県にあり、都心にあるオフィスまで、タクシーは日中で2万円、夜の割増時間だと2.5万円ほどかかります。
月に数回程度、電車で通勤することもあるようですが、彼のタクシー利用料金は、年間で900万円ほどになっていました。
B社長の本社における資格は部長相当ですが、私の会社では役員であっても、通勤には公共交通機関を使います。
副社長以上になって初めてハイヤーがつきます。
役員ですらない一部長が、毎日タクシーで通勤するなんてことは聞いたことがありません。
人事規定でタクシーの使用を禁じている訳ではありません。
ですが、部長クラスにも役員にも年間の交通費予算の枠があり、部長で20万円、役員で50万円程度なので、その枠の中でしかタクシーは使えないのです。
一方で、通勤定期の支出データを確認したところ、Bさんには電車の定期代も支給されていることがわかりました。
定期も、確か年間で40万円程度と結構な額だったと思います。
B社長の主張
この時点でB社長に一度ヒアリングを行いました。
部長相当でありながらほぼ毎日タクシーで通勤していることと、ほとんど使用していない筈の電車の定期代を請求していることに対する見解を聞いたのです。
B社長からまず言われたのは、監査部は越権行為をしているということです。
A社は合弁先の子会社であって、本社のグループ企業ではない、そもそも監査部の監査対象に含めること自体がおかしい、と。
また、A社は、合弁先企業の希望で、外国人である副社長にはタクシー通勤を認めていることもあり、副社長以上には交通費の予算枠を設定していないのです。
とはいっても、副社長はオフィスから片道1,000円程度の都心近くの賃貸マンションに暮らしている為、年間のタクシー料金は50万円にもならないのですが。
ともあれ、B社長の言い分をまとめると、
- A社は、そもそも連結決算の対象ではない別会社であり、人事規定も独自のものを使っている
- その人事規定で、副社長にはタクシー通勤を認めており、その上司たる社長が同じことをするのに問題のある筈がない
- 確かにタクシーで通勤している回数は多いが、ときに電車を使うこともあり、定期代の受領にも問題はない
といったものです。
因みに、私の会社には、A社以外にも、他企業との合弁会社がいくつかありましたが、いずれも持ち株比率は自社が過半数であり、連結決算の対象です。
監査部の監査権限に異論を持たれたことは全くありません。
唯一この会社だけが、例外だったのです。
担当役員との打合せ
このヒアリングの結果をもってすぐにCEOの決裁を仰いでもよかったのですが、監査部はまずA社の担当役員の見解を確認することとしました。
役員は驚いていました。
事情を全く承知していなかったのです。
そして、憤慨していました。それはそうでしょう。
自分ですら毎日電車で通勤しているのに、部下にあたる人がのうのうとタクシー通勤をしているのです。
また、定期代を受領していることについては、むしろ監査部の見解を尋ねられました。
これは不正な二重請求にあたるのではないのか、と。
監査部としては、電車を使っている日もあることを考えると、監査部のみの見解で不正と断言することは出来ない、との見解を伝えました。
実際に定期を購入していたのかにもよるが、人事部や法務部等の関連部門との合議を行えば、”黒”の判断になる可能性は低くないと思うことも付け加えました。
この役員は、監査部からこの件をCEOに報告するのは少し待ってほしいと頼んできました。
合弁先の企業の意見も確認した上で、自分自身で対処の方向性を決め、CEOに諮りたいとのことです。
私を含め監査部には異存はありませんでした。
担当役員による対応
結論は、次の定期異動の時期を待たずにB社長は人事異動になりました。
本社の別部門の“部付部長”という、実質的な降格です。
担当役員は、その後、A社の就業規則についても、合弁の相手企業とすり合わせの上、出向者の待遇面のあいまいな部分を修正してくれました。
そして、合弁契約に、当社の監査部による監査を義務付ける条項を追加してくれました。
この対応は、将来の潜在的な問題の発生も防ぐものであるため、大きく安堵(あんど)したのを覚えています。