お葬式の多い支社
お香典と不正にどういう関連があるの?と思われる方もいるかと思います。
私も実際の事例を見るまでは、こういう不正の可能性はあまり予想していませんでした。
企業の支出というのは、相当多岐にわたります。
マーケティングや営業関連、原料購入等の大きな支出以外にも、例えば、社屋の水道光熱費、社用車のガソリン代・駐車場代、オフィスで使う文具の費用からコピー機のメンテ代・消耗品代、社員の通勤定期や家賃補助、など、事業を営んでいるとありとあらゆる種類の細かい支出が発生します。
監査部が行う不正調査では、まずは勘定科目別に集計して、その後、時系列で見たり、支社や部門別に集計・比較して異常値がないか等の詳細分析を行います。
ただ、勘定科目は、費用関連だけでも確か300くらいはあり、すべての科目の詳細分析を漏れなく行うことはできません。
なので、金額規模や、不正の可能性評価などで、50個くらいに絞り込んで詳細分析を行っていました。
あるとき、他の支社と比較して、”慶弔費”の発生率が不自然に高い支社のあることがわかりました。
”慶弔費”というのは、冠婚葬祭に関連する費用で、つまりは取引先や社員へ支払うお祝い金やお香典のことです。
お香典は領収書不要の支出
この支社を仮にA支社としますが、慶弔費の中でも得意先への香典の支出件数が異常だったんです。
過去3年の平均で、それ以外の支社は得意先当りの年間発生率が多くても10%以下なのに対し、その3倍程もあったのです。
全国数十にわけたエリアの中で、3年間にわたり、一か所だけ他の場所の3倍もの人が亡くなるって、統計的にあり得るのかなって感じました。
会社には慶弔に関するルールがあって、例えば、「年間で1億円以上の取引のある得意先で、経営者かそのご家族がお亡くなりになった場合は1万円の生花とお香典3万円、1億円以下ならお香典のみ」等のようになっています。
金額としては、会社全体で見てそれほど大きなものではなく、取引先分と社員分を全部合わせても年間で2-3億円程度だったかと思います。
2-3億って大きいじゃんって感じる方もおられるかもしれませんが、情報システム投資や広告投資或いはコンサル費用なんかは一件で数億円、ときには数十億円なんてのもあるので、それと比べると非常に小さいと言えます。
このブログで触れてきた”飲食接待費”や”出張交通費”なんかでも、全社では年間で十数億円になりますしね。
全ての支出勘定科目の中でも、規模として下位1割の中に入るくらいだったんじゃないでしょうか。
では何故その小さな勘定科目を深堀りしようという気になったかというと、領収書の不要な支出だからです。
葬儀に参列しお香典をお渡しした際、普通、領収書はもらいませんものね。
費用精算の際には、「会葬御礼」のごあいさつ状などを、領収書の代わりとして添付することを推奨してはいますが、あくまで努力義務に過ぎません。
結果、実際には何の証憑もなしで精算される場合が多く、不正が起こり得るかもと考えた訳です。
もっとも、私も若い頃に数年間営業をやっていて、得意先の葬儀に参列したことも何回かあるんですが、決まって上司と一緒に参列していました。
そして、香典に限らず、費用精算をする際は、担当者(平社員)が申請データを入力した後、上司がシステム上で承認することになっています。
なので、上司の共謀がない限りは、架空の香典費用の申請なんてできない為、すごく怪しいと思ったわけではなく、言ってみれば、念の為に調べてみたという程度だったので、A支社の異常値を見つけたときは少し驚きました。
担当営業マンが知らないお香典
次に過去2年ほどのA支社の香典費用の伝票を一件ずつ見ていきました。
全部で60件くらいあったと思います。
発生時期・支払先には特に偏りは見られませんでしたが、システム上の申請と承認は全て管理部門で行われていることがわかりました。
また「会葬御礼」のごあいさつ状は、一件も添付されていません。
私はここで自分が勘違いしていたことに気づきました。
香典費用の精算は、営業マンとその上司が申請・承認をそれぞれシステムに入力していると思い込んでいたのですが、実際の入力は管理部門が代行していたようなのです。
入力者(=関与者)の人数が少なければ、不正を行うことはその分容易になります。
このあと調査をどのように進めるか少し考えましたが、10件くらいを選んで、その得意先の営業担当者に電話をかけ、当該期間に実際に得意先にご不幸があったかを聞いてみることにしました。
支社の営業マンからしてみると、いきなり本社の監査部から個人宛に電話がかかってきたことに、びっくりというかビビった人が多かったようで、少し申し訳ありませんでした。
この時点ではまだ問い合わせの具体的な理由も内緒にしてましたしね。
ただ、結果は予想通りというか懸念が的中し、確か10人中8人程が、最近該当の得意先にご不幸はなかったという返事です。
ついでに、ご不幸がおきた場合の事務処理の手順を尋ねると、必要な情報を指定の用紙に記入し管理部に提出すると、現金を渡してくれるとのことです。
管理課長
その後、A支社に出張し、まず申請データの入力を行っていた管理部門の担当者にヒアリングを行いました。
香典の支出の際の業務手順を尋ねると、まず営業部門から管理課長宛に紙の申請書が社内メールで送られて来て、課長が内容を確認後、この担当者にシステムへの申請入力を指示し、最後に課長がシステム承認をするとのことです。
その後、管理課で保管している小口現金から課長が該当金額を取り出して、営業部門に持参するとのこと。
つまり、管理課長が架空の香典申請書を自作すれば、現金を着服してしまうことが出来るようなのです。
個口現金は不正の温床になりやすい為、2名以上で定期的な残高確認を行う等の統制は行われていたのですが、システム上の残高と一致していれば、問題にはなりません。
また、申請データを入力する管理担当者が、偶然に営業マンと香典について話をして矛盾に気づいてしまうようなことがないのかとも思いましたが、色々聞いてみると、営業部門からの申請で管理部門がシステム入力を行う費用は、販売促進費などの本業の部分で毎日何十件もある為、月に数件程度で金額も小さい香典の入力などは担当者の意識に残らないようでした。
その後、管理課長へのヒアリングを行い、全ては私の想像通りだったことがわかりました。
管理課長は、最初は認めませんでしたが、私が既に複数の営業マンから直接裏を取っていることを説明すると、観念して全て話してくれました。
金額の小さい慶弔費に狙いをつけ、そこまで手間をかけて調査されるとは、全く予想していなかったそうです。
着服した現金は、個人的な飲食などに使用したとのこと。
人事部の審査を経て、彼は懲戒解雇となりました。
もう50代も後半で、本来ならあと数年で退職金も出たはずなので、全く割に合わない行為でした。
この後、支社の責任者とも話し、お香典の際の努力義務だった”会葬御礼のごあいさつ状”の添付を、今後はこの支社では義務化することにしてもらいました。