三菱UFJの貸金庫窃盗事件について、犯行発覚から1月半が経過した12月17日にようやく銀行による謝罪会見が行われました。
また前後してメディアからも新たに様々な取材記事が出ています。
12月6日に私がこの事件についての最初のブログ(”独自 三菱UFJ銀行 貸金庫窃盗事件について_もし自分が内部調査を任されたら”)を書いたときには不明だった点が、この会見やニュース等でいくつか明らかになってきた為、更に考察を進めてみようと思います。
犯行に使われたのは”予備鍵”
まず、会見で明確になったのは、犯人は貸金庫の予備鍵の管理者で、この予備鍵を使って貸金庫を開けていたという点です。
予備鍵とは、顧客が保有する本鍵を紛失したときに備えて銀行に保管しておくもので、銀行側が勝手に使えないよう、貸金庫の契約時に封筒に入れて封をしたあと顧客と銀行それぞれが封の上に割印を押しておくそうです。
会見では、この予備鍵は、半年に一回、異常がないかを第三者が監査するしくみになっていることも説明されました。
この定期監査をすり抜けるために、犯人は具体的にどのような方法で封筒から鍵を取り出したのでしょうか。
この点、記者からも質問がありましたが、明確な答えはありませんでした。
思いつくのは2通り。
ひとつは封筒の目立たない場所、例えば最下部をカッターナイフ等で切り開いて鍵を取り出し、犯行後に鍵を戻してからその切り口を速乾性の接着剤等できれいに塞いでおくこと、もうひとつは、鍵を取り出した元の封筒は破棄し、犯行後は新しい封筒に入れ、顧客名の印鑑を購入して割印を押しなおしておくことです。
どちらの方法を選んだとしても、監査の際、全ての封筒を入念にチェックすれば、気付くことが出来たのではないかと思います。
ただ、接着剤できれいに補修されたカッターの切り口を見つけるにせよ、割印に使われている印鑑が偽造されたものであるのを見破るにせよ、結構手間がかかるのは確かだと思います。
後者の場合など、顧客が封筒に使ったハンコの印影を手元に用意しておき、それと見比べる必要がありますが、あまり特徴のない三文判だったりしたら目で見て違いを判別するのは相当時間がかかるでしょう。
更に、貸し出されていた貸金庫は犯行の起きた2支店だけで約1800あったそうで、一般的な監査手続きを考えると、恐らく全数検査ではなく、サンプル検査だった可能性が高いと思います。
被害があったのが60名とすると、確率的には1/30に過ぎませんから、そもそもサンプル検査では対象にならなかった可能性もあります。
この辺りの監査手続きについて、会見で銀行は「封筒が破れていないかを確認することになっているが具体的にどのように確認するかが定められておらず、割印も押されていることを確認するのみで届け出印と同一であるか確認するようには定めらていない」と説明しており、不十分だったと認めています。(サンプル検査だったかについての説明はありませんでしたが。)
いずれにせよ、この事件が公表された際、最初に疑問に思ったのは、貸金庫の鍵の管理に関する内部統制と監査はどのようになっていたのかという点だったので、今回この疑問が解決して少しすっきりしました。
これとは別に、どの記者も質問していませんでしたが、いずれの手口であったとしても、封筒には犯行の痕跡(封筒を切り開いた跡or偽の割印)が残っているはずで、これは極めて重要なポイントじゃないでしょうか。
前回の記事では、”被害者・被害金額を特定する為に、犯人が意識的あるいは無意識的に残した記録を探すことが重要”と書きましたが、少なくとも、被害者の特定は封筒の痕跡調査により可能のように思えます。
数名の記者から「銀行は貸金庫の中身がわからないのに、どうやって被害を確定できるんですか」と、改めて被害顧客・金額の特定方法に関する質問がされていましたが、それに対する回答は、「顧客の申し出と犯人の供述の付け合わせ、入退室や鍵使用の履歴、加えて、捜査の都合上明かせられないその他の客観情報から」というものでした。
犯人が予備鍵を使ったことが明確である以上、封筒が開けられている(=被害顧客の封筒に犯行の痕跡が残っている)ことに疑念の余地はないので、そのことを”捜査の都合”であろうが何であろうが今更隠し立てする意味はないと思います。
封筒に痕跡が残っているはずであることに、銀行関係者が誰も気付いていないなんてことは、まさかあり得ないですよね。
この点は少しモヤモヤが残りました。
犯人自身による犯行記録の有無
一方、会見の翌日の12/18付で配信された東洋経済オンラインの記事「三菱UFJ銀行の「貸金庫事件」で実在した“黒革の手帖”」は、私が12/6にアップしたブログで推測していた、犯人自らによる犯行記録の存在を指摘しています。(「どの貸金庫からいくら盗んだのか、元行員の詳細なメモが存在しているとされる」と、わりあい断定調で書かれていますが、ニュースソースには触れられていません。)
会見でも、終わり近くに、同じ東洋経済社の記者が、「被害者・被害額の特定の為に、元行員の供述を参考にするといっても、4年半にわたって60名からの窃取の内容を、元行員自身果たして覚えていられるのか。」と、聞きようによっては記録の有無を問いただすとも解釈できるような質問をしていました。
これに対する銀行側の回答は、「被害者・被害額の特定にあたっては、供述に加え、入退室ログ、鍵の利用記録、その他の資料も参考にする。”その他”については捜査の関係でお答えできない」という同じ答えの繰り返しでした。
でも同じ答えとはいえ、上述の質問に対する回答という文脈で読み直してみると、”犯人による犯罪記録存在説”という推測が当たっていた可能性はかなり濃厚なんじゃないかと感じます。
あなたはどのように思われますか?
まとめ
この他、犯人から”盗んだ金は投資に回した”という供述はとれているものの十数億円という莫大な金額に至った明確な動機はまだわかっていないとのことですし、被害の回収についても「今後考えていきます」といった具合で、会見を経てもまだ不明な点は残ります。
会見は2時間におよぶ長いもので、記者からの質問の中には、半沢頭取の進退を問うものを含め、かなり厳しい詰問口調のものもあったりして、頭取はじめ出席された役員の方々は相当お疲れだったこととは思います。
ですが、社会の関心も高いこの事件、三菱UFJ銀行は、この会見で全て幕引きとするのではなく、上述の点も含め、より丁寧かつ継続的な情報発信を行っていって頂きたいと思います。