三菱UFJ銀行の管理職行員による貸金庫からの窃盗事件が報道されました。
銀行が2024年11月22日に資料を公表していますが、そこには以下のような内容が記載されています。
- 発覚日は2024年10月31日(木)
- 行ったのは支店の店頭業務責任者
- 発生したのは練馬支店と玉川支店
- 犯行期間は2020年4月~2024年10月の約4年半
- 被害客数は約60名、被害額は十数億円(「犯人の供述に基づくものであり、継続調査中」との但し書きあり)
銀行というセキュリティーの厳しい場所で、誰にも知られずに4年半続けられたのも驚きですが、被害額が十数億円というのもすごいです。
私も10年近い不正監査の経験の中で、社員による会社資産の窃盗や横領には何度か遭遇(規模はこれに全く及びませんが)したことがあります。
こうした事件が発生すると、監査部には徹底した事実究明を行うよう指示が出ます。
今回は、もし私が三菱UFJ銀行の監査部員で本件を担当させられたとしたら、具体的にどういった仕事になるだろうかを想像してみたいと思います。
本件については、冒頭の銀行発表以外は、確たる事実はわかっていませんので、推測に推測を重ねていく感じになることはあらかじめご承知おきください。
犯行発生事実(犯行は本当に起きたのか?)の確認
銀行の発表では触れられていませんが、いくつかのマスコミ報道によると、きっかけは、顧客からの「貸金庫の中身が少なくなっている」という指摘だったそうです。
とはいえ、銀行は貸金庫の中身を把握していない為、顧客の話だけでは本当に盗られたかどうかわかりませんし、貸金庫のセキュリティーを考えれば「まさか」というのが最初の感想でしょう。
なので、指摘をした顧客が複数いるとか、それが非常に信頼できる長年の上客ばかりだとか、内容物を収納する光景をビデオで録画して証拠に残していた顧客がいたとか、或いはそれらの組み合わせで、指摘に一定の信憑性を認めざるを得ない状況だったのではないかと思います。
何らかの調査を行うべき、ということが本店の上層部を含めて正式決定され、おそらく、この段階で監査部等の不正調査要員が招集されます。
ただこの時点では、犯行の疑いが濃厚とはいっても、間違いなく犯行があったとは言い切れません。
私が担当を任されたら、これを踏まえ、最初に行うのは、貸金庫室近辺の防犯カメラ映像や貸金庫室への出入り記録の確認になると思われます。
今回このブログを書くに当り数名の”元銀行員”という方々のブログやSNSを拝見したところ、どうも貸金庫室への通路や出入り口近辺には防犯カメラが設置されているようですし、貸金庫室に出入りした場合はシステムに自動で記録が残されるようなセキュリティーも存在するようです。
用もないのに、貸金庫室に近寄ったり入ったりした行員がいれば、それらに記録が残されているはず。
一部の報道では被害の大半は現金とのことですが、「十数億円」は1万円札で100キロを超える分量になりますので、犯行は数十回におよんだ可能性が高いでしょう。
数十回も同じ行員が用もないのに貸金庫室の周りをうろついていることが確認出来たら、その段階で、犯行が発生したのはほぼ間違いないこと、そして容疑者は誰か、が強く推認できると思われます。
因みに、防犯カメラ映像のチェック作業は、以前に働いていた会社で一回だけ経験したことがあります。
5倍とか10倍の早送りで見るんですが、10時間分を見ようと思ったら10倍速でも1時間かかる訳で、目は疲れるし、大半の時間は動きの全くない画面を眺めていないとならないし、それでも集中力を途切らせたらいけないし、非常にしんどい仕事でした。
専門分野の弁護士の手配
上記と並行して、不正案件や刑事事件に強い弁護士を探して、協力を依頼しておきます。
犯人の心理を推測したり、容疑者と対峙する際に調査側がうっかり違法な質問や要求をしてしまうことがないよう、その道のプロに逐次アドバイスをもらえる体制を整えておくことは重要だからです。
念の為言っておくと、不正があれば毎回必ず外部弁護士に相談するということではなく、「貸金庫からの窃盗」というのが、潜在的な被害規模の大きさを含め、信頼をビジネスの根幹とする銀行にとってはかなりやばい事態だと考えられるためです。
銀行には当然法務部がある筈ですし、日常的に色々な相談をしている弁護士もいるでしょうが、その人たちの専門は恐らく銀行の平常業務に関連することであり、犯罪対応のプロではないでしょう。
法務部の対応の可否を含め、早めに動いておいた方がいいと思います。
(以前働いていた会社で、4桁万円の横領的な案件が起きた時に、法務部に相談したことがありますが、回答は「顧問弁護事務所では対応できないそうので、弁護士選定含め監査部さんに全てお任せします」でした。)
公表された資料には「外部の弁護士にも調査方法を相談の上」という記載がありますが、普段付き合いがある、犯罪捜査と畑違いの弁護士にではなく、多少余分な費用がかかっても専門分野のプロに依頼されていることを、余計なお世話とは思いますが心から願います。
被害実態の調査
容疑者がほぼほぼ特定出来たら、その次に私が真っ先に手を付けると思うのは、犯行に関し何らかの記録が残っていないかの調査です。
顧客への賠償の為にも誰がいくら盗られたのかという被害実態の把握は非常に重要ですが、それを犯人の供述だけに頼るのは危険すぎます。
ですので、犯人が、意識的にあるいは無意識的に何らかの記録を残していないかを調べると思います。
主な調査対象は、業務用のパソコンとスマホ、出来れば、自宅のパソコンや個人スマホ、手帳なども押さえたいです。
私物の押収は当事者の同意がないと出来ませんが、「あなたには重要な嫌疑がかけられています。身に覚えがありますね。」とか言って、相手がびびれば、協力させることができるような気がします。
押収したものは、あらゆる想像力を働かせて念入りにチェックします。
例えば、犯人が、犯行を行う前に、予め、顧客ごとの貸金庫の使用頻度や職業などの属性を調べる作業を行った可能性は小さくないでしょう。
貸金庫のユーザーには、毎月1回必ず中身を確認する人もいれば、何年もほったらかしの人もいるそうで、安心なターゲットは後者ですよね。
また、普通の会社員よりは、経営者などの資産家の貸金庫を狙った方が、収穫が大きそうです。
犯人が使用しているパソコンやスマホには、銀行のデータベースからそうした情報を取り出した記録が残っている可能性があります。
また4年半も続けると、犯人にとっても、意識的に犯行歴を記録する必要がでてくるかもしれません。
でないと、どの顧客から盗ったことがあるのか自分でも忘れてしまい、同じ金庫を再度狙ってしまうなんてことになりかねません。
それに限らず、継続的に犯罪を繰り返す人は、意外と犯行記録を残しているケースが少なくないようなんです。
その為、日付・顧客名・窃取した金額を、自分だけがわかる書き方で手帳に残しているなんてことも考えられます。
もしそのようなものが見つかれば、その内容は結構信頼できると考えてもいいのではないでしょうか。
また、こういう記録探しは、容疑者の事情聴取を有利に進める為にも大切なことです。
何故なら、一般的に、不正実行者は、調査側がまだ掴んでいないと思うことについて、自発的に喋ってはくれないからです。(そのため、調査サイドがどこまで掴んでいるのか、必死に知ろうとします。)
何も情報なしでヒアリングに臨んでも成果は知れています。
犯人が「ああ、ここまで掴まれているのならこれ以上隠しても無駄だ」と観念してしまうくらい、事情聴取を始めるまでに極力多くの情報を入手しておくのが重要です。
(この辺りについては、「不正調査におけるヒアリングのテクニック」でも詳しくご紹介していますので、ご興味があればぜひご一読下さい。)
なお、今回、銀行の公表資料に、概算とは言え顧客数や被害金額が記載されていることから、銀行は既に何らかの記録を入手しているのではないかという気がします。
”60名から十数億円を4年半かけて”というのは、普通の人が脳内に記憶しておくには膨大すぎる情報である為、記録が全く伴わない単なる記憶に基づく供述だとすると、私ならとても信用出来ず、怖くて公表出来ません。
取られたお金の行先
被害額が確認出来たら、次に一番大事な金の行先を調べることになります。
キャッシュでどこかに保管しているのか、銀行等に預けたのか、その場合、自分の口座なのか家族など他人名義なのか、使ってしまったというならその使い道は何なのか。
全額無傷で回収できればそれに越したことはありませんが、なかなかそうはいかないでしょうね。
ただ、十数億円という金額は膨大であり、使うにしても隠すにしても、処理はそう簡単ではないと思います。
まだ回収できる部分が出来るだけ多く残っていることを信じて、調査に臨みます。
本人から自供をとりつつ、回収や証拠の保全を進めます。
押収済みのパソコン・スマホ・手帳の中身を解析してネットバンキングや貸倉庫等の記録を探すのは勿論、行内の本人のデスク回りの私物や財布の中のクレジットカード(使用歴含め)等も全てチェックします。
自宅の捜索もしたいですね。
自宅捜索は、同居家族がいる場合は家族にも影響が大きいので、承諾を得るのは私物の押収以上にハードルが高い気がしますが、既に犯行を認めているならば、多分拒否はしないように思います。
ただ、このあたり違法捜査にならないよう、上述した外部弁護士のアドバイスが特に重要でしょうね。
まとめ
今日は、三菱UFJ銀行の貸金庫窃盗事件について、銀行の監査部の実務内容を想像してみました。
どこまで正鵠を射ているかは全く不明ですが、いずれにせよ相当な業務量になりそうですね。
「警察でもない一企業の監査部門がそこまでするのか」、と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
ですが、公表資料にも、「現在、事案の全容解明に向け、警察にも相談しながら、事実関係の調査を進めている」とあり、警察の了解は得ながらではあっても、銀行側でやれることは出来るだけやろうとしているのではないかと思います。
銀行の上層部も、一旦警察に渡してしまうと自分達にはもう手出しが出来なくなることから、可能な限りは、自分達の指示で動く”身内”に任せたいでしょうし、監査部等、調査にあたっている当事者の方々も、出来るだけ自分たちの手で事実を明らかにしたいと思うんじゃないでしょうか。
少なくとも私ならそう考えます。
ともあれ、三菱UFJ銀行に限らず、貸金庫を持つ金融機関には、この事件を契機に、利用者がより安心できるように、安全対策、内部統制を今一度点検しなおしていただきたいと切に願います。