内部告発・通報は、不正発見の有効な手段
兵庫県知事にまつわる報道は、知事再選の過程での公職選挙法違反など、当初とは違う方向に話が展開していますが、今日は、元監査部員の視点から、この件のそもそもの出だしである内部告発について考えてみたいと思います。
私は、不正調査の仕事において、内部通報にはお世話になっていた立場でした。
因みに、”内部通報”と”内部告発”は別もので、どちらも通報・告発するのは内部の人ですが、宛先によって、
- 内部通報: 内部 → 内部(組織が設置した通報窓口)
- 内部告発: 内部 → 外部(マスコミ、司法機関等)
だそうです。
ともあれ、内部告発・内部通報とも、隠れた不正を発見するために、非常に有効な手段です。
告発や通報がないと、不正が発見されないまま、不正実行者が例えば定年などで無傷で最後まで逃げおおせる可能性も高まります。
ですので、職場などで不正の可能性を感じている人には、ぜひ積極的に告発または通報を検討していただきたいです。
一方、告発・通報を行う際に考えないとならないのは、それが狙った結果につながるかどうかと、告発した自分自身に不利益が生じないか、ということです。
今回の事案では、知事に対する不信任決議案の可決、その後の失職という結果には結びついたものの(告発者の狙いが知事の失職にあったかどうかは不明ですし、失職後の選挙で再選されましたが)、告発者の安全は保たれませんでした。
マスコミでは、公益通報者保護法が兵庫県においてきちんと運用されていなかったことを問題視する論調が多かったような気がしますが、この記事では、「法律は正義を守るもの!」という理想論は理想論として、仮にそうでない場合に、自分で自分を守るためにはどうすればよいのかという実際的な方法論について考えてみたいと思います。
なお、私は、兵庫県庁に勤めたことはおろか、知人がいる訳でもありませんし、内部事情に特に通じている訳ではありません。
ですので、報道で広く知られていることをベースに論じることをあらかじめご承知おきください。
外部への告発か、内部への通報か
今回の事案では、告発者は、まず、報道機関・県議などに当てて、つまり兵庫県庁内部ではなく、外部に当てて、匿名で告発をしています。(県側が告発者を特定した後に、内部窓口へも改めて実名で通報していますが。)
最初は、内部通報ではなく、内部告発を選んだ訳ですが、今回の場合、これが正解だと思いますし、仮に私でも同じ選択をしたと思います。
相手が組織のトップの場合、内部通報は効果がない可能性が高いからです。
というのは、企業の監査部やリスク管理部門などで内部通報窓口を担当している社員も、結局はサラリーマンであり、上司には逆らえないからです。
仮に私がこの通報を受けたとしても、上司や他部門からの反応・圧力などを考えると、その後の調査などで適切な対応ができたと思えないんですよね。
それだけ組織におけるトップの威光というのは絶大であり、それが、人類が発明した”ピラミッド型組織”の限界というか宿命なんじゃないかと思います。
内部通報制度については、社員が管理する”内部窓口”に加え、弁護士事務所などに委託した”外部窓口”を置くことにより、通報者の匿名性確保が徹底できるという考え方もあります。
今回の件を受けて、兵庫県庁も相談窓口を外部委託するという報道もあります。
ですが、個人的には、私はこれにも懐疑的です。
外部とはいえ、所詮、会社からの委託であれば、雇い主の意向を無視するわけにはいかないからです。
私が働いていた会社は、内部窓口と外部窓口の両方を整備していましたが、外部窓口の設置は通報者から見て安心感が高まることで通報を促す効果はあっても、結局、委託先の弁護士事務所は相談内容を全て会社に報告していましたから、通報者の安全性や匿名性が高まったとは思えないんですよね。
個人的な意見としては、糾弾したい相手が組織トップである場合、選択肢は外部への告発一択だと思います。
匿名か実名か
次に、告発を匿名で行ったことについて考えてみます。
匿名での告発・通報は、告発者の安全性を高めるのは間違いないものの、効果という点では、非常にマイナスが大きいです。
告発・通報の中には、いわゆる愉快犯的なものであるとか、告発相手への個人的な恨みをはらすことが目的の根も葉もない内容のものが含まれていることがある為、受け取る側はまず信憑性を確認しないとなりません。
そして、匿名であるというだけで、信憑性は一気に下がります。
匿名っていうのは、ある意味、責任を負わないということと同義だからです。
私がいた監査部に内部通報が直接届いたこともありますが、匿名のものである場合は、不正行為に関するよほど具体的な記述がない限り、調査に着手すらしないケースもありました。
監査部のリソースにも限りがありましたからね。
今回は、知事が失職をし、最終的には告発の効果は大きかったと言えますが、効果が明確に現れだした、即ち、告発がマスコミや議会で大きく取り扱われ始めたのは、「嘘八百、公務員として失格」という例の知事会見で、告発者が”県民局長”という内部の要職者であることが広く知れ渡った後のような気がします。
うがった見方をすれば、今回、告発者自身が匿名という方法をとることによってわざわざ告発の信憑性を弱めてくれたにもかかわらず、県側が告発者を探し出し大々的にアナウンスすることで、それを台無しにしてしまったともいえるかもしれません。
告発のタイミング
今回、私にとって不思議なことのひとつは、3月末に定年退職を控えた告発者が、その直前ともいえる3月12日に告発文を送付したことです。
ひょっとすると、ご本人だけが知っている、告発をそれ以上遅らせられない理由があったのかもしれません。
ですが、もし私が同じ立場にあったなら、どのような理由があったとしても、間違いなく告発は退職後に行ったと思います。
在職中に行うと、人事面で報復を受けるリスクが高いからです。
実際、3月20日に告発文の存在を認識した知事の指示を受け、県は23日から25日にかけて早くも告発者が誰かを特定し、27日に定年退職の取り消しと役職解任を行っています。
役職解任により退職金が減額された可能性もありますし、何より県民局長から無役にさせられるというのは一般的に大きな不名誉です。
これに対し、既に退職し、退職金も支給済みであれば、県側の報復対応はかなり難しかったのではないかと思います。
退職後であっても、在職中の不正行為が発覚した場合などには、既に支給した退職金を裁判によって返還させられることもあり得ますが、今回のケースは、金銭横領などとは全く性格が異なり、明らかな不正行為と言えるかは微妙な為、支給済みの退職金の返還判決を勝ち取るのはなかなか難しいのではと思います。
定年に限らず告発と自身の退職時期が重なるケースはそんなに多くないかもしれませんが、仮にそうである場合は、退職を待ってから(もっと言えば、退職金の振り込みを確認してから)告発を行う方が無難でしょう。
公用メールと業務用パソコンの使用
県は、20日に文章の存在を認識した後、23日には本人の公用メールから文書を発見、25日には事情聴取を行い業務用パソコンを確保したそうです。
恐らく業務用パソコンに当該文書が保存されていたのだと思われますし、となれば、文書の作成自体が同じパソコンでなされた可能性があります。
これは、ひょっとすると、私のような仕事をしてきた人間と、そうでない人の認識の違いかもしれませんが、私ならば、告発作業に公用メールや業務用パソコンを使うことは絶対にしません。
不正の嫌疑がかけられた場合、会社側(この場合は県庁ですが)に公用メールや業務用パソコンが押さえられる可能性は非常に高いからです。
上述の告発時期の問題については、ご本人にしかわからない事情があったのかもしれませんが、業務用パソコンや公用メールの使用をどうしても回避できない理由はあまり思いつきません。
特に業務用パソコンで文書作成を行ったとすると、文書を作成するために必要な情報(情報提供してくれた人たちとの交信記録など)がパソコン内に残っていたりしたかもしれません。
仮に告発を実名で行うつもりだったとしても、そうした情報を県側に握られるのは、百害あって一利なしでしょう。
にもかかわらず、公用メールや業務用パソコンを使用したのは、それが県庁に押さえられることを全く予期していなかったからなのではないでしょうか。
まとめ
如何でしたでしょうか。
元監査部員の視点から見た、安全で効果的な通報・告発について考えてきました。
勿論、大前提としては、告発を行わねばならないような状況に追い込まれないに越したことはないでしょう。
ですが、ある日いきなり、倫理面に問題のある人がトップや直属上司になるリスクは誰にでもあり得ます。
万一そんなことがあなたの身に生じたとき、今回の内容が少しでも参考になれば幸いです。