今から30年程前、私はフランスで半年間のホームステイを経験しました。
概要は「フランス ホームステイ生活」に記載しましたので、一般のフランス人の生活、食事、住宅、などに、ご興味がある方は是非ご一読下さい。
今日話したいのは、概要ではなく、ホームステイ先の”ご主人”のことです。
一言でいうと、私にとってはとてもいい人でした。
フランス語の学習経験がゼロ、ほぼ一言も話せない状態で一緒に暮らし始めた日本人に対して、常に親切で、夕食のときは必ずワインを奨めてくれました。
週末の家族とのドライブに誘ってくれたり、異なる文化の勉強の為と言って教会で開かれたキリスト教系の集まりに連れて行ってくれたこともあります。
家族仲もよく、専業主婦の奥さんとは夕食後にいつも一緒に皿洗いをし、大学生のお嬢さんともいつも仲よさそうにしていました。
年齢は40代後半か50代前半、ひょっとするとイタリア系の血が混じっているのか、カールした短い黒髪の持ち主で、身長は170センチ弱。まあ、中肉中背といったところです。
大きな目、深い彫り、高い鷲鼻に、同世代の日本人よりはやや深いしわが寄ったあたり、お世話になった人に対して失礼ではありますが、昔テレビで放映されていた手塚治虫の「マグマ大使」の実写版に登場していた悪役”ゴア”にちょっと似ていました。(これ私だけが思っていたんでなく、当時、私の家に遊びに来た日本人の友達も同じこと言ってました。)
それはともかく、このご主人にはちょっと困った一面もあったんです。
アメリカ人女子大生の場合
私が住んでいた家は、ホームステイの学生から受け取る家賃を、結構な副収入と考えていたようで、私が住んでいた半年のうち、ほとんどの期間で、同時に複数の学生を寄宿させていました。
多くは20歳前後の学生で、私のように企業から派遣されているのとは異なり、自腹のせいか、1カ月とか2カ月の短期留学が多かったです。
私が暮らし始めてから1カ月くらいが経ったときだったと思いますが、アメリカ人の女子大生が一緒に暮らし始めました。
名前は忘れてしまいましたが、確か19歳、アメリカ人にしては小柄で身長は160センチもなかったように思います。
ほんの少しぽっちゃり系ではあったものの、今ならばテイラー・スイフトを彷彿とさせると言えそうな目の覚めるようなプラチナブロンドと整った美形の持ち主で、最初に紹介されたときは、「これは明日から目の保養ができるな」などと不純な感想を持ったものです。
1カ月の滞在と聞いていたのですが、ところが、それから1週間ほど経ったある日、授業が終わって家に戻ると、旅行用のトランクを準備してどこかに行ってしまう様子。
聞いてみると、学校に頼んで、ホームステイ先を変えてもらうことにしたというのです。
別のホームステイ先に同じ大学の友人が住んでいて、その友人に勧められた為といった理由だったと思います。
いささかがっかりしたものの、すぐに忘れてしまったのですが、数日後、知り合いの日本人の女子留学生から衝撃的な話を聞きます。
件のアメリカ人女子大生の引っ越し先に、偶然にも、その日本人女子も住んでいたようで、そこで聞いた転居の理由が、なんと前の家でのご主人によるセクハラだというのです。
まだセクハラという言葉すらなかった時代だったように思います。
2回あったそうで、1回目は夜寝ている時に寝室に入ってこようとし(鍵を閉めていたので無事だったそうです)、2回目は夕食のとき隣の席に座らされテーブルの下でふとももを触られた、とのこと。
普段のご主人の親切な態度から、にわかには信じられない話でした。
特に、足を触られた話については、同じ食卓の向かい側に奥さんや女子大生の娘さんも座っていた訳ですしね。
日本人女子大生の場合
それからしばらくして、今度は日本人の女子大生が同じ家で暮らすことになりました。
ややボーイッシュな印象ではあるものの、整った顔立ちで、手足のすらりとしたかわいらしい女性でした。
仮名でチホさんということにしておきます。
同じ日本人、同じフランス語を習う者どうしでもあり、すぐに親しくなって、他の日本人の友人とも一緒に食事などに出かける間柄になりました。
大学からの留学生は、日本で既に数年間フランス語を勉強している人が多く、始めてからまだ2カ月足らずの私よりレベルが高めで、今までフランス人の先生にフランス語で質問してもいまひとつわからなかった文法のポイントを解説してもらったりなど、助けてもらった面もあります。
ある日、学校の昼休憩の時間に見かけて声をかけると、少し顔色が悪く、「具合がいまひとつすぐれないので、早退します」とのこと。
彼女がこの町に来て2週間くらい経った頃で、おそらく慣れない生活での疲れが出たのかと思い、それほどは気に留めませんでした。
授業が終わり、友人達とカフェでしばらく喋って、夕方に帰宅しました。
夕食にも姿を現さないので、奥さんに尋ねてみると、昼時点の私と概ね同じ印象だったようで、たいしたことはなかろうとのことです。
少し心配でしたが、若い女性の寝間着姿の部屋にお見舞いに行くのも憚(はばか)られた為、その晩はそのままにしておきました。
翌朝起きて朝食の席に着くと、もう家を出た後のようでしたが、そうしたことは珍しくなく、奥さんも今朝は良くなったように見えたとのことでした。
その日、授業が終わり、またぞろカフェにでも行こうかとしていたとき、チホさんが別の日本人女性と一緒にやってきて、相談があると言います。
究めて鈍い私ですが、この時点で例のアメリカ人女子大生のことを思い出しました。
聞いてみると、前日帰宅してから熱を測ると少し高かったため、持参の風邪薬を飲んで寝ていたそうです。
しばらくぐっすり眠り、夕方ごろ、ふと人の気配を感じ目を開けてみると、目の前にご主人の顔が迫っていたとのこと。
仰天して押しのけ、何とか部屋の外に追い出し、鍵を閉めたそうです。
そのあとに奥さんが夕食をどうするか聞きに来てくれたそうですが、咄嗟に彼女には何も言えなかったとのことです。
翌朝早めに学校に行って、同じクラスの日本人女性の友人にこの出来事を話したところ、同じ家に日本人の大人の男性(私)がいるのだからその人からご主人に注意してもらったらどうかというアドバイスを受けたそうで、2人そろって私のところに来たという訳です。
格好のいいところを見せたい気もありましたが、残念ながら、現実問題として、そんなこみ入った話が出来るほどの語学力はありません。
フランス語で話し合いをするなら彼女の方がよっぽど適切に気持ちを伝えられる筈なので、自分で直接、嫌だった気持ちを話し、もし今後同じようなことが起きたらホームステイ先を変えると言ってみては、というアドバイスをしました。
因みに、私も彼女も、奥さんに知らせる気はありませんでした。
いい悪いは別にして、いつも親切な奥さんを悲しませたくはなかったんです。
私はご主人とチホさんの話し合いに立ち会いませんでしたが、意外にすんなりと納得してくれたそうで、チホさんは当初の予定通りその後も2週間ほど一緒に過ごし、無事に帰国していきました。
悪魔の部屋
このブログを書くに当り、フランス人男性一般についてネットで調べてみました。
皆さんもよければ、「フランス男性、恋愛観」などというワードで検索をしてみて下さい。
いくつか読んでみた印象からすると、このときのこのご主人の振る舞いは、フランス人男性としては常軌を逸したとは言える程のものではないような気がします。
当時は勿論違った印象でしたが。
あと小さなことを少し付け加えると、まず、上述した2名以外には、滞在中、私が知る限り同様の問題は起きませんでした。
同期間に滞在していた若い女性はもう1名いるんですが、この人はドイツ人の女子大生で、身長180センチ以上、棒のように細い体形で、ご主人のタイプではなかったのかもしれません。
もうひとつ、上述の2名が割り当てられた部屋は、いずれも、他の寝室から離れていてしかも音の響かない地下の寝室だったんです。
これ、これから留学やホームステイを考えている女性にとっては、笑いごとでは言えない、怖い話ですね。
でも当時、このことを知っていた日本人の友人達は、冗談で「悪魔の部屋」なんて言って面白がっていたのを覚えています。