平均的な日本人にとって、フランス語と中国語、習得するのはどちらがより難易度が高いでしょうか。
また、習得したとしたら、どちらがより暮らしや仕事に役立つでしょうか。
この2つの言語を苦労して習得した経験を踏まえ、今から新しい言語の習得にチャレンジしてみようと考えている方、もしくは、来年大学に進学し第二外国語を選択する必要のある方などを想定して、いくつかの観点から考えてみようと思います。
因みに、私は、中国語については中検準一級合格、フランス語については資格は取得していないものの、20代後半の頃に半年間のホームステイ・語学研修の後、更に1年ほど駐在をしてフランス語を使って現地で仕事をしていた経歴があり、自認ではありますがほぼ中国語に近い実力だと思っています。(中検準一級合格とフランスのホームステイについては、それぞれ、「地獄の”中検準一級”」「フランス ホームステイ生活」で詳しくご紹介していますので、ご興味をお持ちいただけるようでしたら、ぜひご一読下さい。)
難易度について (1)動詞の変化
まず、日本人が学習する際の、難易度について考えてみます。
双方の難易度を考えるとき、真っ先に思いつくのは、”動詞の活用”の違いです。
この点、この2つの言語は、非常に対極的と言えると思います。
まず、中国語には基本的に動詞の変化がありません。
「何を馬鹿な。じゃあ例えば過去の出来事はどうやって表現するんだ!」と思われた方。
その気持ち、よくわかります。私も最初はそう思いました。
ですが、事実なんです。
例えば、
我昨天去北海道。(私は昨日北海道に行きました。)
我今天去北海道。(私は今日北海道に行きます。)
と、”去”(行く)という動詞は、過去でも現在でも同じ形です。(もっと言えば、未来でも同じです。)
動詞の後に、”アスペクト”という接尾語をつけて、動作の完了(動詞+”了”)を表したり、経験を表したり(動詞+”过”)することはありますが、動詞自体は変化しません。
いつの時点の話をしているのかは、前後の文脈や、この例のように時間を表す言葉(”昨天(昨日)”とか”今天(今日)”)により判断します。
日本語の厄介な点である丁寧語や尊敬語の変化(”~られる”など)もありませんし、主語による変化もありません。
この点、中国語はとても易しい言語と言えると思います。
一方、フランス語の動詞は、”主語の人称”や”時制”に加え、フランス語独特の”法”によっても変化する為、とても複雑です。
例えば、”aimer”(愛する)という動詞の活用は、以下の表のようになります。(縦軸に”法”、横軸に”時制”を置き、それぞれのマス目の中は”je(私)”から”ils(彼ら)”までの主語ごとの変化です。)
「表が細かすぎてはっきり読めない!」というお叱りを受けそうですが、全体像をお見せしたいので、ご容赦ください。
これでも、命令法や分詞など、一部省略しているんですけどね。
覚えるの大変そうだと思いませんか?
もっとも、大部分の動詞は規則動詞といって、語尾の2文字が”er型”か”ir型”かによる2パターンのどちらかの変化になります。
つまりこの表を2つ分覚えれば、あとはそれをあてはめるだけなので、まだマシです。
より大変なのは、不規則動詞という規則性のない変化をする動詞です。
不規則動詞がフランス語にいくつあるのか、正確な数は調べてもわからなかったんですが、手元の辞書の巻末の活用表では86個が記載されています。
さほど多くはありませんが、不規則動詞には日常使用頻度の高いものが少なくなく(「行くaller」「来るvenir」「言うdire」「知るsavoir」「買うacheter」等々)、それらはどうしても覚えざるを得ません。
この点、動詞の変化のない中国語より、フランス語の方が難易度がはるかに高いのは間違いありません。
難易度について (2)名詞の性別
もうひとつ、フランス語を難しくしている要素のひとつに、名詞の性があります。
基本的にすべての名詞が、男性か女性に分かれているんです。
性別によって、冠詞や形容詞が変わる為、名詞を覚える際には性をセットにして覚えなければなりません。
国名なんかも例外ではなく、例えば、日本は男性でLe Japon、フランスは女性でLa Franceという具合です。
そして、性別の決まり方には、ほとんどロジックがないそうです。
その為、基本的にはひとつずつ理屈なしで覚えていくしかありません。(「語尾が”tion”で終わる場合は必ず女性」などの多少のルールはありますが。)
ご存知の通り、日本語にも英語にも名詞に性別なんてありませんが、言語の機能として全く支障はないことを考えると、この名詞の性って少なくとも実用性の観点からはあまり意味のないもののように思えます。
この点について、以前、知り合いのフランス人に見解を尋ねたことがあるのですが、「動詞の変化も含め、フランス語は、例えば英語と比べると、非効率的で非論理的な言語である。だが、それゆえの美しさがある」との意見でした。
うーん、微妙。
ま、確かにフランス語の響きはキレイだなとは思います。
難易度について (3)発音
発音については、意見がわかれるところかと思いますが、あえて独断と偏見で申し上げれば、中国語の方が難しいと思います。
勿論、フランス語の発音だって簡単だとは言いません。
日本語に存在しない発音がありますし(例えば”r”の発音はかなり独特)、特有のルールもあります。(語頭の”h”は発音しない、語尾の子音も発音しない、”o”と”i”が連なると”ワ”に近い音になる、等)
また上述のとおり、語尾の子音は発音しないのが基本でありながら、次に来る言葉が母音で始まる場合、その2つが結合する”リエゾン”という現象が起きます。
例えば、「友達(複数)」”amis(アミ)”の前に、所有代名詞「私の」”mes(メ)”がくると、”mes amis”(メザミ)となり、個別の単語には存在しない「ザ」という音が生じます。
これが実際の会話の中で出てくると、「えっ、”ザミ”って聞いたことない。どういう意味?」と混乱する訳です。
ただ、実際には、こうしたことにもかかわらず、私には、例えば英語なんかと比較しても、フランス語の発音はさほど難しくは感じられなかったんですよね。
外国語に、自国語にない発音が存在するのは普通だし、特有のルールと言っても、その数はさほど多くないので、覚えるのはさほど大変ではありません。
リエゾンは、英語にだって存在するし、むしろ英語の方が単語どうしの結合による変化のバリエーションが多い分、より厄介かと。(「連結」:”should have シュッダブ”、「脱落」:”big car ビッカー”、「同化」:”got you ガッチュー”)
一方、中国語の発音の難しい点は、音節の種類の多さと、”四声”という独特のイントネーションです。
まず音節について。
音節とは、言語において発音される最小単位で、例えば日本語なら「あ」「い」「う」「え」「お」などの五十音のひとつづつが一音節です。
ここに濁音等が加わり、普段の会話で使われているのは約100音節になるそうです。
これに対し、中国語は音節が400以上あります。
なぜそんなに沢山あるかというと、日本語に存在しない音があることや、その結果日本語では一つの音が中国語では微妙に異なる複数の音に分かれていること等によります。
例えば、中国の「河南省」と「湖南省」は、カタカナではいずれも「フーナンシュン」になりますが、「フー」の部分の、”河he”と”湖hu”は中国人にとっては別の音です。
”hu”の方が日本語の「フ」に近く、”he”は口を横に広げて発音する日本語にはない音なのです。
これは、聞き分けるのも、自分で発声するのも、日本人には容易なことではありません。
次に四声ですが、水平に高く発音する”第一声”、後半を高くする”第二声”、全体に低く発音する”第三声”、後半を下げる”第四声”があります。
中国語の発音は、ピンインと言うアルファベットで表記しますが、四声は母音の上の記号で表します。
初心者用のテキストでよく使われる”マー”を例にとると、
- 第一声:妈 mā(母親)
- 第二声:麻 má(しびれる)
- 第三声:马 mǎ(馬)
- 第四声:骂 mà(叱る)
といった具合で、アルファベットは全く同じですが、イントネーションによって意味が全然変わります。
ですので、四声を間違えて発音すると中国人には理解してもらえません。
ずっと以前、会話レッスンの際、中国人の先生に「~するつもりである」と言う意味の”打算”(dǎsuan)と言おうとしたところ、「にんにく」”大蒜”(dàsuàn)と間違えられて意味が通じなかったことがあります。
それくらい文脈で察してくれてもいんじゃない?と思ったのですが、全く別の言葉に聞こえてしまうと、そうはいかないようでした。
”フランス語には特有の発音ルールがあるけれど、数が多くないので覚えるのは難しくない”、と書きましたが、四声は全ての漢字に対して決まっているため、漢字の数だけ覚えないとなりません。
基本的に抑揚の少ない言語である日本語に慣れている私たちにとっては、特に難易度が高いと思います。
日本人にとってより習得しやすいのはどちらか?
ここまで、フランス語と中国語のそれぞれの特徴を、難易度の観点から比較してきました。
整理すると、
- フランス語は動詞の変化が大変難しく、加えて、名詞の性という特有の問題がある
- 中国語は動詞の変化がないことが難易度を下げているものの、音節の多さと四声が理由で発音が非常に難しい
となります。
では、総合的に考えて、日本人にとってはどちらがより学びやすいか?
これも様々な意見があると思いますが、この2つを苦労して習得した者として申し上げると、日本人にとっては、中国語の方がわずかにハードルが低いというのが私の結論です。
最大の理由は、よく言われることではありますが、漢字という日本語との共通項の存在です。
今回このブログを書くにあたって色々調べたところ、中国の常用漢字の3割前後は、日本の漢字と全く同じか、やや違うにしても日本人は見ればわかるとのこと。(例えば”銀”は、中国語では”银”。確かに見ればわかりますよね。)
元々、日本語の漢字は中国を起源としている訳ですし、明治以降、先に近代化が進んだ日本から中国に逆輸入された言葉も沢山あるそうですから。
例えば、”社会”、”科学”、”経済”、”政治”、などはいずれも欧米の概念を日本語に訳したものですが、中国でも全く同じ意味で使われています。
私自身の経験でも、会話の先生に、「昨日見た映画に出てきた女優にとても存在感があった」と言いたかったときに、”存在感”という単語を知らなかったものの、”存在”と”感”は個別に知っていたので、適当にくっつけて発音したら全然問題なく通じたという経験があります。
フランス語だとprésenceという単語になりますが、咄嗟に出てこなかったかもしれません。
私は、言語を学ぶ際の最重要ポイントは語彙力であると考えており、その意味からも、このアドバンテージはやはり非常に大きいです。
もしあなたが「英語の次」を考えていて、どの言葉にするかは自由に選べる状況にあるようでしたら、ご参考にしていただければと思います。
仕事や暮らしに、どちらがより役立つか?
外国語を勉強する際、「純然たる趣味として学ぶ」という人(私のように)もいるとは思いますが、どうせ勉強するなら、将来的に仕事など具体的に何か役に立てたい、そこまで具体的でなくとも何かしら役立ったら、と思う方も少なくないと思います。
最後に、そんな方に向けて、それぞれの言葉の周辺事情について少し考えてみたいと思います。
まず、世界で何人くらいの人がその言葉を使っているかです。
これはビジネスでの有用度に少なからず影響しますよね。
色々なデータがありますが、”Ethnologue”(エスノローグ)という研究団体の数字がネットでは割合よく使われているようなので、ここでもそれを参考にさせていただきます。
「世界で会話に使用されている言語TOP20」というデータで、中国の標準語(北京語)は第2位で11.2億人、フランス語は第7位で2.67億人だそうです。(因みに1位は英語で13.48億人、日本語は13位で1.26億人)
人数では圧倒的に中国語の方が多いものの、これは中国本土の人口が多い為で、話している国の数ということになると話は違ってきます。
中国は、本土の他は、台湾、シンガポールなど比較的限定されたエリアであるのに対し、フランス語はスイス、ベルギー、ルクセンブルク、カナダに加え、旧植民地であったアフリカ諸国の多くで使用されていることから、世界29カ国で話されているそうです。
総体としては、ごく最近まで中国経済は飛ぶ鳥を落とす勢いだったこともあり、現時点では経済的な有用度では中国語に軍配があがるような気がします。
ですが、中国の人口が減少に転じたこと、経済的にも厳しい状況になってきたこと、更には、アフリカ諸国は今後人口が爆発的に増加すると予想されている(国連の予測では、2054年までの30年間で、アフリカの多くの国で人口が倍以上になるそうです)ことを考えると、先のことはわからないかもしれません。
また、旅行や出張などで使うケースを考えても、中国にしか行かないという人は別にして、幅広い行き先で使える可能性という点では、フランス語の方が有利かもしれません。
次に、もう少し卑近な話にはなりますが、日本においてはどちらが周囲から評価されやすいか?について考えてみます。
これは全くの個人的感想になりますが、どうもフランス語の方が上のような気がします。
例えば、若い女性に対して、「中国語を話せます」と言っても、「ふーん、そうですか」とか「中国にお住まいだったんですか(興味ないけど)」といった具合で、割と素っ気ないというか反応が薄い気がします。
それに対し、「フランス語を話せます」と言うと、目を輝かせて「素敵ですね!」とか「かっこいい!」なんていう感じです。
どうも、日本人はフランスに対して一種のコンプレックスがある一方、中国に対しては少し関心が薄い人が多い気がします。
街を歩いても、喫茶店やレストランの店名、化粧品の広告、果てはビルの名前などにもフランス語はとても頻繁に使われています。(因みに、先日、日比谷に映画を見に行ったのですが、日比谷シャンテの”シャンテ”がフランス語由来(”歌う”)なのに改めて気づきました。)
中国語は、町で目につくのは中華レストランの看板か、中国人観光客向けの案内表示くらいのような気がします。
ところで、名称へのフランス語使用で面白いものがあります。
例えば、千葉県のゴルフ場の「ミルフィーユゴルフクラブ」、ミルが「千」、フィーユが「葉」で、続けると「千葉」。
また、新橋にある喫茶店「ポンヌフ」は、ポンが「橋」で、ヌフが「新しい」ですから、「新しい橋→新橋」です。
これらは、ちょっとしたネタとして話すと、フランス語が出来ることを尊敬されるのに加え、予想外にウケたりもします。
まとめ
フランス語と中国語について、色々な比較をしてきました。
如何でしたでしょうか。
冒頭に書いたように、これから新しい言語の習得に挑もうとされている方などに、多少でも参考になったならば幸いです。
また、「英語だけでおなかいっぱい」と思っていた方が、これを読んだのを機に、第二の外国語の習得に新たにチャレンジしてみようかな、と思っていただけるなら、それもとても嬉しいです。(中国語にご興味ある方は、「50代で中国語の勉強をはじめた理由」「50代でも中国語習得に成功! やってみて効果がわかった外国語の効率的学習法」もぜひご一読下さい。フランス語にご興味があり将来的には留学の可能性もという方には「フランス ホームステイ生活」をお勧めします。)